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ウミガメ
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久下沼大典

フォトグラファー・宮古島エバンジェリスト

Kugenuma Hironori

埼玉県大宮市生まれ。

幼少期は父親の影響で、シンガポールやタイで暮らしていた帰国子女。

高校生の時に日本に帰国し、茨城県水戸市で過ごします。

大学生時代からアルバイトで婚礼のカメラマンの仕事を始め、そのまま婚礼のカメラマンとして就職。

​他にも観光写真や不動産など多岐にわたる撮影経験を経て、宮古島へ移住。

しっかり幅広い撮影技術と人当たりの良い優しい話術でおふたりの自然な楽しい様子を写真に残します。

もっと自然に自由に。宮古島を好きになって欲しい。

​■海外で過ごした幼少期。18歳でカメラに出会う。

埼玉県大宮市生まレました。

4歳頃までは日本で過ごしていましたが、その後は海外に移住しました。

父親がグローバルな転勤族で、記憶にある幼少期はすでに海外にいました。

まずは、シンガポールで9年間。小学校を卒業するタイミングまで暮らしていました。

そこから中学生時代は、タイのバンコクで暮らします。

​高校生で日本に戻ってからは、茨城県の水戸市の高校に通っていました。

18歳の頃に初めてカメラを買いました。メーカーはミノルタ。

元々子供の頃は絵を描くのが好きだったんです。

しかし、高校生からアーチェリーに熱中。大学も、アーチェリーのスポーツ推薦で行ったほどです。

部活でゆっくりと絵を描く時間がなくなってしまったので、気軽に風景を残せると思い、アルバイト代を貯めてカメラを購入したのが、最初のカメラの出会いでした。

​■学生時代に選んだカメラのバイト。海外放浪も。

高校を卒業したのち、アーチェリーのスポーツ推薦で行った大学は大阪だったので、大阪で暮らし始めます。

大学に通っているときに、たまたま見ていた新聞の切り抜きカメラのアルバイトの募集を見つけました。18歳でカメラを買って興味を持っていた私は、そこのアルバイトに応募しました。

そこは、ホテルの中に入っている写真館でした。

アルバイトからカメラマン人生がスタートしました。

ホテルの中の写真館なので、毎週土日は結婚式の写真を撮っていました。

そこで結婚の写真の基礎を学ことができました。​

そのまま大学を卒業しても、そこの写真館で働いていました。

そこでは結婚式の写真をメインに撮影をしていましたが、掛け持ちで、道頓堀の複合施設で観光写真を撮影をしていました。

他にも、物撮りの先生にもお世話になり、モデルルームの撮影をしたり。不動産の写真​を撮ったり、かなり幅広いジャンルの撮影を仕事として撮影をしていました。

3年ほど仕事して撮影の仕事をして来たところで、友人とモンゴルへ放浪の旅へ出ました。

今一度人生を見つめ直したくて。モンゴルでも色々な経験ができました。

モンゴルでも、もちろん写真を撮っていました。

日本に戻ってきてからは結婚式の撮影に絞って仕事をしました。

やはり結婚式が自分のカメラマンの原点。

色々、撮影を経験してお客さんとコミュケーションがあって、写真を撮って喜んでくれる人がいることが嬉しくて楽しく仕事ができていました。

同じ写真館の転勤で静岡、山梨、栃木と様々な結婚式の現場で撮影をさせてもらいました。

​■沖縄がカメラマンとして最初の転機に。

時代の流れで働いた写真館の会社が買収されてしまいました。

これまでの雰囲気が悪い方向にガラッと変わってしまい退職することに。

その後カメラマンスタートの地、大阪に戻ってフリーカメラマンとして1年ほど過ごしていました。

 

そんな時、結婚式の撮影をしていた頃、一緒に仕事にして、お世話になっていたビデオの会社さんの社長さんから、沖縄で事業をやるから一緒にやらないか?と誘っていただきました。

面白そうと興味を持った私は、沖縄本島の読谷で立ち上げから一緒にフォトウェディング事業を行って来ました。かなり大変でしたが、そのおかげで沖縄でのフォトウェディングの魅力に気付くことができました。

 

沖縄本島で1年ほど経ったころ、宮古島店もできると言われ、今度は宮古島へ。

それが初めての宮古島。引っ越しはたくさんして来たので引越し自体は慣れたものでした。

宮古島は住んでいた沖縄本島とも全然違う場所でした。

 

沖縄本島の海も綺麗でしたが、宮古島はさらに別格で、海がまるで日本じゃないみたいと感じたことを覚えています。

子供の頃、シンガポールやタイで過ごしていた暑さの気候が、日本とは違う宮古島の気候とも似ていたので、感覚ですが、宮古島は体に合っているとすぐに感じました。

小さい島なので、人の繋がりも強く、コミュニティがあり、そんな世界が肌に合い、ここで頑張りたいと素直に思えました。

さらに、美しい海や自然があるので、カメラの仕事の可能性もすごく感じました。

 

実はその頃にはすでに結婚もして家族もいたのですが、沖縄本島の読谷に行った時は、単身赴任でした。

宮古島に来てから、覚悟を決めて、家族も呼びました。

​■覚悟を決めて独立。そしてBlueSodaも。

働いていた会社が事業縮小をすることもあり、覚悟を2024年からフリーになりました。

引き続き宮古島に拠点を置き、覚悟を決めて宮古島に。

現在も結婚式の撮影も行っており、フォトウェディングの撮影も行っています。

同じブライダルの撮影ではあるものの、フォトウェディングは結婚式は別物なんです。

結婚式はある程度型が決まっていますが、フォトウェディングはもっと自然に自由になれるんです。

2025年からはBlueSoda宮古島にもジョイン。

BlueSodaらしい、自由なフォトツアー体験で、おふたりらしさにこだわっています。

​■メッセージ

写真って撮られるのが慣れている人なんてほとんどいなくて、写真が苦手な方が多いです。

苦手な人でも、撮影の時は思いっきり楽しんでもらえる雰囲気作りをまずは心がけています。

ポーズを決めた写真だけじゃなく、自然な雰囲気の写真もたくさん残したいです。

写真だけじゃなく、宮古島のことを楽しんでもらえるために、美味しいご飯やさんなどの情報も伝えながら、ツアーとして宮古島を楽しんでもらえたら嬉しいです。

 

宮古島に遊びに来て、これをきっかけに宮古島を好きなってもらって、また気軽に宮古島に帰って来てください!

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